和色で組むと、パレットが先に決まる
iPadのカラーピッカーは1,677万色を出す。それでも決まらない。数百色の伝統色で組むほうが、絵を描きはじめる前にパレットが決まる理由。
十年前、初めて『名所江戸百景』を美術館で見たとき、色の数を数えた。広重のその一枚に使われていたのは五色だった。藍、墨、黄土、朱、そしてベロ藍と呼ばれたプルシアンブルー。五色で江戸の夕暮れも雨も雪も描き分けている。
現代のiPadのカラーピッカーは1,677万色を出す。それでも一日の大半を「なんとなくこの青」で消費して、結局パレットが決まらないまま絵を描きはじめ、三分の一まで進んだところで色の統一感が崩れていることに気づく。選択肢が多いことは、決まることの近道ではない。むしろ逆だった。
和色にはこの問題がない。理由は技術的だ。
和色は関係性を先に持っている
瑠璃色も浅葱色も茜色も、江戸時代の染料と顔料で実際に作られた色でしかない。使える原材料は限られていた。藍、茜、紫草、紅花、墨、胡粉、朱、雌黄。これだけだ。
だから和色の辞書に並ぶ数百の色は、独立した点として存在していない。同じ染料の濃度違い、同じ顔料の混合比違い、同じ植物の染め重ね違いとして、互いに血縁のある色として並んでいる。
カラーピッカーで青を選ぶとき、隣の緑はたまたま視覚的に隣にある。藍色の隣の浅葱色は、化学的に隣にある。染めの回数が少ないか、水で薄めたか、黄系の染料を重ねたか。関係性は私が後から見つけるのではなく、色そのものに含まれている。
三組、盗んで使える配色
具体的に書くと動きやすい。私がよく戻ってくる組み合わせを三つ挙げる。
瑠璃色と鈍色。 深い青と冷たい灰色。晴れた冬を描きたいとき、この二色があれば空と影は決まる。瑠璃色は彩度が高いので、鈍色が全体の七割を占めるくらいでちょうどいい。
浅葱色と茜色。 新選組の羽織と、夕焼け。光と温度がまったく違う二色なのに、どちらも中程度の彩度なので、並べても画面の重心がぶれない。人物の背景に使うと、どちらを主役にしてもうるさくならない。
江戸紫と利休鼠。 紫の華やかさと、緑味の灰色の引き算。キャラクターイラストで服のハイライトと影を組むときの定石で、明度差だけで形を読ませたいときに、色数を二つに絞ってもまだ成立する。
どの組み合わせも、私が発明したものではない。数百年前に染師と絵師が決着をつけた関係を、そのまま借りている。
描く前にパレットを閉じる
実践はこうだ。iPadで新しい絵を始めるとき、最初の十五分はカラーピッカーに触れない。和色の辞書から、絵に必要な五色を先に選ぶ。広重と同じ数。
五色決めたら、そのパレットを保存して、作業中は決して追加しない。追加したくなる瞬間が何度もある。そこをこらえる。たいてい、追加したい色は既存の五色のうちの一つの明度を動かせば済む。それが和色の組み方だ。
この作業を三週間続けてわかったのは、完成までの時間が目に見えて縮んだことと、仕上がった画面の落ち着きが、以前の自分には届かなかった領域に入ったことだった。
制約が絵を決める
カラーピッカーは自由だ。自由は、自分で構造を持ち込める人にしか使えない道具でもある。和色はその構造をすでに持ち込んでいる。使えば、その構造を借りられる。
広重は1,677万色のカラーピッカーを欲しがらなかった。五色で足りていた。足りるとわかっているから、絵が描けた。